CURATOR INTERVIEW | 企画者インタビュー2018-09-27T12:12:06+00:00

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CURATOR INTERVIEW

企画者インタビュー

なぜ今、「愛について」なのか?

本展「愛について アジアン・コンテンポラリー」を企画したキューレーターの笠原美智子(現・石橋財団ブリヂストン美術館副館長/前・東京都写真美術館事業企画課長)は、ジェンダーやフェミニズムの視点で写真展を数多く手がけてきた、この分野におけるフロント・ランナーと言える存在。世界の写真家を積極的に紹介してきた彼女が、なぜアジアの”今”に注目したのか? そして、「愛について」というタイトルにはどのような思いが込められているのか? 映像インタビューでは、この展覧会の核心について語っていただきました。

笠原美智子(かさはら みちこ)

1957年長野県生まれ。1983年明治学院大学社会学部社会学科卒業。87年シカゴ・コロンビア大学大学院修士課程修了(写真専攻)。東京都写真美術館、東京都現代美術館で学芸員を務め、現職は公益財団法人石橋財団ブリヂストン美術館副館長。日本で初めてのフェミニズムの視点からの企画展「私という未知へ向かって 現代女性セルフ・ポートレイト」展(91年)ほか、ジェンダーの視点からの展示を多数企画。著書に『ジェンダー写真論 1991–2017』(里山社、2018年)ほか多数。本展企画者。

東京都写真美術館ニュース「eyes 96」掲載
展覧会企画者・笠原美智子インタビュー

―展覧会名にある“愛について”とは、どういった意味なのでしょう?
人間同士の関係、例えば親子や恋人など、さまざまな関わりを持ちながら私たちは生きていますが、疎外された関係に悩まされることもあれば、 “他者の視線”から免れない環境に置かれてもいるわけです。私に関していえば、「私という未知へ向かって 現代女性セルフ・ポートレイト」展(1991年)をこの東京都写真美術館の学芸員として初めて企画したときから、特にジェンダーの問題に注目した女性作家の展覧会を手がけてきましたが、これまで取り上げてきた作家たちが何を考えて作品を制作しているのかをあらためて考えてみたときに、この“愛について”という言葉が出てきたんです。ここに、人間関係にまつわること全てが含まれているのではないかと思いました。

―今回、アジアの女性作家を取り上げた理由は?
はじめに矛盾するようなことを言ってしまいますと、これだけグローバリズムと情報化が徹底して進んでいる現代では、ある地域を区切って土地の特性を浮かび上がらせることは不可能に近いと思っています。しかし、そういう状況でありながら、日本ではアジアの作家が紹介される機会が非常に少なく、特に女性作家の作品を見る機会は極めて限られているといえます。

―アーティスト全体に占める女性と男性の比率からしてみたら、明らかに偏っていますね。
日本のジェンダーギャップ指数(世界経済フォーラムが2017年11月公表)が144カ国中114位だというような情報は、たくさん入って来るわけです。しかし、現状を変えたくない人々には無視されてしまう。だから、問題意識を持っている者や困っている当事者が自覚的に声を上げていかなきゃいけないんです。この展覧会は、そういった状況に対する問題提起でもあります。

―出展作家について教えてください。まず、韓国で活躍されている作家さんが2名いらっしゃいますね。
キム・オクソンは韓国の中でも中堅からベテランに位置付けられる作家で、ドイツ人の方と結婚して済州島に暮らしながら作品を制作しています。〈ハッピー・トゥゲザー〉(2000-04年)では、韓国の女性と外国人の夫やパートナーとのカップルを被写体に、彼らの間にある緊張関係、一つの文化の中に異なるものが入って来たときに起こる衝突や違和感といったものを視覚化するという、かなり難しいことを行っています。

非常にプライベートな動機から始まった彼女の作品制作ですが、今は済州島の植生を被写体に、外来種が根づいていくということの意味を〈輝くもの〉(2011年-)シリーズで撮り続けています。
金仁淑は在日韓国人として大阪で育ち、朝鮮学校で教育を受けた作家です。自身のアイデンティティが日本にあるのか韓国にあるのかという問題が常につきまとうわけですが、それを彼女はポジティブに受け取っている。〈リアルウェディング〉(2008年-)では、自分の結婚式で披露宴を日本と韓国で行い、それを映像と写真で撮って、一つの作品にまとめているんですが、創作して盛り込んだいかにも風習のような演出を、作品を見た方は昔からある本当の韓国のしきたりだと思ってしまったそうです。伝統や風習は、常に変わっていくものだということを自覚的に作品に取り込んでいる。在日韓国人の方々はレッテルを貼られ、常に政治的に評価されてしまう立場に置かれていますが、彼女の作品はそれを取り払う作業でもあるんですね。

―ホウ・ルル・シュウズは台湾を代表する作家ですね?
この展覧会で取り上げる〈高雄眷村三部曲〉シリーズは、眷村(けんそん)と呼ばれる元兵士たちの村をドキュメントした作品です。作家のステートメントによると、第二次世界大戦後に中国から、当時の国民政府と共に台湾に渡った軍人とその家族のために、政府が用意した村のことを眷村と呼ぶのだそうです。そして、十数年ほど前には、それを取り壊す法律ができた。彼らは過酷な歴史に翻弄され続け、二重、三重に故郷を奪われるという状況になっているんですね。マジョリティの側にいると思われた軍人が、結果的にマイノリティの側に押しやられているという、そういう歴史的な出来事を記録しておかなければならないと、彼女はここ十年くらい撮り続けているんです。

―中国の作家チェン・ズは、日本の若者にとっても珍しくない自傷行為を作品にしていますね?
彼女は中国の北京に在住する30代手前の作家で、自身がずっとリストカッティングをしてきたことから、〈蜜蜂〉シリーズ(2010-17年)ではセルフ・ポートレイトだけでなく、同じ行為をする人たちを写真に撮っています。自傷というのは、実は死から遠ざかる、つまり自分自身を生かすための行為なんですね。中国社会が抱える問題、女性の置かれている位置とか働き方とか、プレッシャーというものに対しての一つの異議申し立てを作品で表明していますが、彼女は若者たちの自傷を中国だけの問題だとは思っていないんです。

―シンガポールのジェラルディン・カンは、若いながらキャリアの長い作家だそうですね?
彼女はいろいろな種類の作品をつくっていて、新しい作品になるほど社会性を帯びるんですが、今回は学生時代の作品〈ありのまま〉(2010-11年)を取り上げています。この作品は演出された家族の肖像で、祖母や母親、ずっと一緒に暮らしている家政婦の女性、さらに父親などに指示を出していろいろな場面をつくっているんですが、そのプロセスが一番大事なんです。家族の関係がうまくいっていたらこういう作品はつくらないし、逆にこれをすることによって、家族の自分に対する理解と、自身の家族に対する理解に貢献しているわけです。

―現在の展覧会担当の山田裕里学芸員が日本人作家の須藤絢乃を加えています。実際に行方不明になった少女たちの残された情報をもとに、自身がなり替わって撮影したセルフ・ポートレイト作品〈幻影 Gespenster〉で、2014年度写真新世紀でグランプリを受賞した新世代の作家さんですね。
彼女が選ばれて、とてもよかったと思っています。私が東京都写真美術館を退職した後、展覧会を引き継いだのは平成生まれの学芸員ですが、同世代の作家に対する理解は60歳の私とは違うと思うんです。この展覧会に新旧二つの理解が入ったことで、幅広く何重にも意味を持たせることができたと思います。

(2018年6月 インタビューと文 富田秋子)