リレー連載 My亜細亜なう 第三回 「お茶」×「アジア」×「コンテンポラリー」 お茶を通して知った“全力の優しさ”2018-11-06T14:08:18+00:00

第三回
「お茶」×「アジア」
×「コンテンポラリー」

お茶を通して知った“全力の優しさ”

藤森陽子 (写真と文)

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奥深い台湾茶の魅力

親しくする茶師の一人、楊さんの店にて。この日は2年寝かせた坪林(ピンリン)産の有機文山包種茶を。中国や台湾、時には日本の骨董を合わせた茶席の設えも楽しみだ。

店の奥には貴重な陳年茶(熟成茶)が眠る。茶葉だけでなく年代物の壺も欲しい……。

台湾に通い始めたのは15年ほど前だったろうか。台湾好きの友人に誘われて、ごくふつうに観光旅行で台北を訪れたのが始まりだ。
台湾でお馴染みの亭子脚(ティンアーカ)と呼ばれる商店街のアーケードは、今ではすっかりバリアフリー化が進んだけれど、当時はまだデコボコの段差だらけ。
この段差を上ったり降りたり、時には路上に寝そべる犬たちをよけながら薄暗い夜道を歩いていると、何だか「アジアに来たぞ」という実感が湧いてワクワクしたものだ。

その後はすっかり台湾の魅力にハマり、足繁く通うようになるのだが、きっかけの一つとなったのが台湾茶だった。
それまではぼんやりと「中国茶の一つ」くらいの知識しかなかったのだが、実は中国大陸では緑茶や白茶、普洱(プーアル)茶などの黒茶が多く作られるのに対し、台湾は青茶と呼ばれる半発酵の烏龍茶が中心。日本でも知られる凍頂烏龍茶や文山包種(ぶんざんほうしゅ)茶、そして阿里山(ありさん)や杉林渓(さんりんけい)、梨山(なしやま)といった標高の高い茶畑で作られる高山(こうざん)茶や、深い発酵で紅茶と見まごう色と味わいの東方美人茶など、一口に烏龍茶と言っても実に多種多様なのだ。花のように可憐な香りや喉の奥に長く長く残る甘露な余韻も、台湾烏龍茶ならではの楽しみだ。
さらに火入れ(焙煎)具合によって味わいの選択肢はグンと広がる。発酵と焙煎でお茶はこんなにも個性豊かになるものか……と、茶藝館や茶葉店をハシゴして飲み明かすうちにどんどん引き込まれていった。

手のひらサイズの小さな茶壺(チャフー/中国茶用の急須)で淹れると、味わいは一煎ごとに刻々と変化する。不発酵の日本茶は3煎くらいまでが美味しく飲む目安、などと言われているけれど、烏龍茶は何煎でも、いい茶葉であればそれこそ味がなくなるまで飲み続けられるのも驚きだった。1煎目、2煎目で眠っていた味と香りが花開き、3煎目、4煎目と丸みを帯びてやがて8煎を超える頃には薄暮のように淡くなっていく。この薄れゆく感じがまた、いいのだ。茶葉の姿も、湯に浸るとまるで今摘んできたかのような一芯二葉の葉をゆらゆらと広げ、なんとも優美だ。
そして人柄や美感に共鳴し、懇意になった茶師たちはみな骨董の目利きでもあり、店に行くとさりげなく清代や明代の茶器で飲ませてくれる。「お茶と古いもの」が好きな自分にとって、ハマるには充分な世界だった。

産地で生産者に会いたくて
「お茶修業」の一人旅

こうして急速に台湾茶に惹かれていった頃、「お茶修業」と称して、ネットなどで気になる作り手を見つけてはやみくもに買いに行く、という一人旅を自分に課していた時期があった。
台北の茶問屋を巡るうちに、どんな畑で育った茶葉がどんな作り手によって製茶されるのか、産地に行って見てみたいと思うようになったのだ。
中国茶なら広大な中国大陸の奥の奥、紅茶はインドやスリランカ、さらにコーヒーならば南米やアフリカ大陸か。その遠さに比べれば台湾なら自分でも辿り着けそうな気がしたのだ。
しかし、甘かった。まだ中国語もろくに読めず、グーグル先生も所持していない頃だから、当たり前だがすぐに遭難する。そのときのエピソードを一つ。

あれは峨眉郷(がびごう)の山あいにある茶葉店に東方美人茶を買いに行ったときのこと。台北から電車で1時間ほどの都市、新竹に到着してバスに乗り換えるところでスコールに見舞われ立ち往生し、挙げ句に2時間に1本のローカルバスを逃し……などとボヤボヤしているうちにすっかり遅くなり、最寄りの街に着く頃にはそろそろ陽も暮れ始めていた。ここからさらに車で20〜30分かかるらしいのだが、タクシーはおろか人っこ一人見当たらない。
今日中に台北に戻れるのか、さすがに焦りを覚えてバスの中で見かけた交番に行き、筆談を交えて店の場所を尋ねたら、幸運にもお巡りさんの同級生の家だったらしい。お巡りさんは大興奮しながら「送っていってやるから!」的なことを仰る。送ってくって、まさか……。かくしてパトカーで連行されて茶葉店へ向かったのだった。
店では庭先の縁台で老闆(ラオバン/ご主人)を始め一家が夕涼みの真っ最中。その真ん中にパトカーで乗り付けるというド派手な登場をし、無事なんとかお茶を購入した後は、親切にも老闆と息子さんが遠く離れた長距離バス乗り場まで車で送ってくださった。よかった、台北行きの最終便にも間に合いそうだ。
乗り場に到着すると、最終1本前であろうバスがちょうど出発するタイミング。
老闆は瞬時に車から飛び降り、バスに向かって走り出す。ビーサンで全力疾走だ。私が背後から「まだ最終があるから大丈夫ですよー!!」と日本語で叫んでも伝わるはずもなく、老闆は何やら大声を上げながら車体をバンバン叩いて大型バスを止めてしまった。
もう、行きも帰りもドラマチック。お茶を買うだけでこの情報量である。

杉林渓高山茶の郷、龍鳳峡(りゅうほうきょう)の茶摘み風景。標高1600mの絶景!

高山茶の茶畑は目も眩むほどの急勾配。そのため機械が導入できず、すべて手摘みになる。

120%の優しさに助けられ

優しさが熱い。全力なのだ。台湾では老若男女がこのスタンス。相手との間合いを最優先に“ほどほど”であろうとする日本人気質の自分に対し、彼らは常に120%の優しさでやってくる。優しさに手加減などしないのだ。無計画な茶葉探しで路頭に迷っても、そのつど無事帰ってこられたのは、出会った人々の「全力の優しさ」に支えられていたからに他ならない。
ああ、不甲斐なくてすみません。

街でガイドブックを開き、またはスマホを見ながら立ち止まろうものなら、すぐさま「どうしたの?」と声をかけられる。そして説明するだけでなく「近くだから一緒に行こう」とその場所まで連れていってくれたりする。台湾にはまったリピーターなら、多かれ少なかれこんな経験があるのではないだろうか?

取材の際も、この後まだ5軒廻るからと言っているのに「美味しいからホテルで食べろ」と巨大なザボンをレジ袋いっぱい持たされたり。そんな熱いもてなしスピリットに出会うたび、あの老闆の全力疾走の記憶がじんわりと蘇るのだ。

ここ数年はお茶だけでなく、老麺(ラオミェン/中国の天然酵母)で作る昔ながらの肉まんや自分好みの紅豆湯(ホントウタン/台湾のお汁粉)の店探し、さらには最新コーヒーショップのパトロールなど、台湾旅の目的は拡大するばかり。でも「また行きたいな」とふと思うのは、あの人懐こくて真っ直ぐな、台湾の人々の「全力の優しさ」が恋しくなるからなのだ。

台湾産芒果(マンゴー)の王様、愛文(アイウェン)芒果の季節はかき氷行脚も欠かせない。写真は黒糖味の芒果かき氷。

昔ながらの蒸篭で蒸しあげる天然酵母製の肉包(肉まん)。最高!

著者プロフィール
藤森陽子(ふじもり ようこ)
フリーライター。フードを中心にライフスタイル誌や女性誌などで執筆。台湾茶にはまったことを機に渡台を重ね、「BRUTUS」「an・an」「Hanako」などの台湾特集も担当する。コーヒー、紅茶、台湾茶をこよなく愛し、昼間のカフェインを夜のお酒で洗い流す嗜好系ライター。